「イスラム国」はハイパー国家だ             桜美林大学教授・加藤朗

 内外のいわゆる「イスラム国」に関する多くの議論はそもそも分析枠組みが間違っている。「イスラム国」はテロ組織ではない。だからと言って主権国家でもない。現実空間では国境を持たない帝国であり、サイバー空間では領域を持たないサイバー国家という二面性を持ったハイパー国家であり、イスラムを秩序原理、正統性原理とする「国家」であって、確かに、明確な国境線を持つ近代主権国民国家ではないが、かつてのオスマン朝に似た国境を持たない帝国あるいは政治・宗教共同体である。
フランシス・フクヤマの近著”The Origins of Political Order”に従えば、「イスラム国」はイスラム政治秩序の形成過程にある政治共同体と考えてよい。「イスラム国」による人質誘拐や身代金の要求は、近代国家以前の部族・封建国家では当然のように行われていた戦術の一種でしかない。つまり現在われわれは決して犯罪組織やテロ組織と戦っているわけではなく、現実空間では「イスラム国」と<草の根の総力戦>を戦っているのである。
一見近代以前の帝国のように見える「イスラム国」も、視点を変えれば、まさに脱近代のサイバー国家である。その最大の理由は、ネット空間に「イスラム国家」の「一般意志」が視聴覚化されていることにある。「一般意志」という概念を創出したルソーの時代には「一般意志」はあくまで言語を介して知識人の間で理解される思想でしかなった。
しかし、今やネットを通じて我々は人々の「一般意志」をサイバー空間で視聴覚化できるようになった。「一般意志」が形成されれば、そこには政治共同体が形成されるのである。つまり、「イスラム国」はサイバー空間に「一般意志」を持つ脱近代国家でもある。サイバー空間における「一般意志」という発想は、すでに東浩紀が『一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル』で(2011年)発表している。
ネット空間では近代国家の領域を超えて一般意志の形成が可能になる。一旦一般意志が領域を持たないサイバー空間で形成されれば、それは現実空間では国境を越えた政治共同体の形成が可能となる。その政治共同体こそが現在の「イスラム国家」である。理念、思想が国家を物象化するという意味で「イスラム国家」は社会契約論に基づく近代主権国民国家と、その成立において何ら変わるところはない。違うのは、サイバー空間で一般意志が永続し拡大し続け、領域を持たない一般意志が現実空間で国境を越え、様々に形を変えるスォーム(群れ)のように政治共同体を創る。それは「イスラム国」の名前に現れている。
「イスラム国」は元々Islamic State in~と、Islamic Stateに続けて領域を示していた。つまり現実空間ではその領域を融通無碍に変えることができ、当初はIslamic State in Iraq and Syriaであり、今はIslamic State in Levantとより広範囲になっている。さらに現実空間で実効支配は及んでいないが、アフガニスタンまでもが「イスラム国」の領域として想定されている。つまりイスラム国の一般意志が共有される地域には既存の国境を越えて「イスラム国」が成立するということである。Islamic State in France、Islamic State in U.S.A、 Islamic State in Chinaは勿論、やがてIslamic State in Japanも可能となる。
いくらレバントのイスラム国を物理的に破壊、排除したとしても、サイバー空間における一般意志が永遠に残る限り、世界の至るところに新たな「イスラム国」が誕生する。一般意志としての「イスラム国」は排除できない。「イスラム国」は現実空間における前近代の帝国と、サイバー空間における脱近代のサイバー国家という二面性を持ったハイパー国家である。国民国家が想像の共同体であるように、イスラム国もまた想像の共同体である。その観点から「イスラム国」問題を考えなければ、近代主権国家にいる我々は彼らとの<草の根の総力戦>には勝利できない

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