[緊急寄稿]ロシア・ウクライナ侵攻からの気づき(第3報)

ウクライナ

始まった戦争は止まらない
 ロシアの侵攻から2週間、ロシア軍が首都キエフに迫っています。病院などの民間施設へ
の攻撃が拡大し、国外に退避する難民も200万人を超えました。連日、破壊された街や難
民の悲惨な映像が流され、ロシア非難とウクライナを応援する国際社会の動きが広がって
います。でも戦争は止まらない。
当事者による停戦会議も開かれ、トルコが仲介する外相会談もありましたが、ロシアは、
武装解除と中立化という事実上の無条件降伏を求め、譲る気配はありません。第2報の末尾
で触れた「東部とクリミアの支配承認という新たな条件が『落としどころ』になるかも」と
いう淡い期待は消えました。戦争を始めた側にその気がなければ、交渉で戦争を終わらせる
ことはできないのです。そしてプーチンは、ウクライナの降伏・政権の打倒という目的を達
成するまで、戦争をやめる気がない。
 東部では、ロシア軍が市長を拘束したというニュースがありました。空爆はウクライナ西
部とキエフ南方の空港に及んでいます。ウクライナ軍の抵抗を支えているのは、欧米からの
兵器の供給です。ロシアは、キエフ突入の前にこの補給を遮断したい思惑がある。そしてキ
エフでも、ゼレンスキー政権の要人を拘束して政権を排除しようと思っている。しかし、そ
れでもウクライナの人々が抵抗をやめなければ、戦争は終わらない。侵略者が目標を達成し
ても、今度は抵抗者がそれを受け容れなければ、戦争は続くのです。
戦争を終わらせることは、始めるよりはるかに難しい。クラウゼヴィッツ(第2報で前出)
が言う「戦争の三位一体(戦争を辞さない<国民感情>・「戦場の霧」を克服する<将帥の
アート>・戦争目的を誤らない<政府の理性>)」に当てはめて考えれば、ロシアは、第2
報で述べた通り戦場の霧に巻き込まれ、政府の理性を欠いています。こうした戦争を破局に
導くのは、「戦争を拒否するロシアの国民感情が指導者を追い詰める」というシナリオしか
ないように思えます。そのために、どれだけの数の「兵士の棺」が並ぶのでしょうか。政府
が理性的でなければ、国は亡びるのです。
 今の戦況に戻れば、キエフ周辺の制空権がカギと言われています。ポーランドが持つ旧ソ
連製の戦闘機をNATOに譲渡し、NATOからウクライナに提供する案も検討されまし
たが、ロシアと直接の戦争をしたくない米国によって却下されました。しかし、ロシア軍の
対空砲火の中で、戦闘機の作戦は困難です。むしろ肩撃ち式のミサイルが効果を発揮してい
るようです。ただこれも、多数の空軍機によって丹念に潰されるか、破壊力が大きい気化爆
弾などが使われれば、やがて抵抗力を失います。「キエフ陥落」は、「時間の問題」かもしれ
ません。それでも、戦争は終わらないと思います。
プーチンの嘘には辟易しています。ロシアが国連安保理で持ち出した「米国の援助による
生物兵器開発疑惑」も、全くの嘘だと思います。私は、怒りと憎しみを禁じ得ません。ウク
ライナが抵抗してほしい気持ちがあります。しかしそれは、例えば、ロシアが生物兵器など
の残虐な兵器を使うきっかけになるかもしれません。その時、世界はどうするのでしょうか。
欧米は、ウクライナ領内のロシア軍に対する懲罰的な攻撃を示唆するかもしれません。し
かしそれは、ロシアとの戦争を覚悟することですから、容易ではないと思います。また、懲
罰しても、失われた兵士や市民の命は戻ってきません。
 プーチンに戦争を終わらせるには、軍事的に敗北させることが近道ですが、無理かもしれ
ない現実があります。それなら、軍事的に勝利しても政治的に敗北させることを考えたいと
思います。戦争とは、クラウゼヴィッツが言う「政治目的達成のための暴力」ですから、勝
っても政治目的を達成できないことになれば、戦争は無益だからです。
新たな局面で問われる国際世論
 ウクライナ情勢は、「キエフ陥落」と「残虐な兵器の使用」という新たな局面を迎えよう
としています。我々が確実にできることは、経済的制裁と、国際世論による反撃です。国連
総会は、ロシアに対する最高度の非難決議を準備するでしょう。国際刑事裁判所によるプー
チン個人への戦争犯罪の訴追もあると思います。
前回の国連の非難決議には、中国、インドのほかアフリカなどの独裁的国家と中南米の反
米的な国が棄権に回りました。ウクライナが健在で戦争が続いている間は、「双方に停戦を
呼びかける」ことも可能でした。しかし仮にキエフが陥落し、政権が打倒されることになれ
ば、国家として承認したウクライナが武力で崩壊すわけですから、これを是認するわけには
いかないはずです。また残虐な兵器の使用も、「どちらが戦争を始めたか」とは別の「禁じ
手」ですから、まともな国なら非難せざるを得ません。だからこれは、独裁対民主主義とか、
反米対親米という「価値観」ではなく、主権国家の「普遍的道徳」の問題なのです。
国際世論がこうした姿勢を示していくことが、ロシアの常軌を逸脱した行動をいさめる
ことにつながり、ひいては、ウクライナに対する支援になるのだと思います。
経済制裁と経済安全保障
 経済制裁は、ロシアとの財・サービス・通貨の流れを遮断する包括的なものになっていま
す。ロシアに資本を投下した企業の休業・撤退の動きも加速しています。欧州や日本経済に
も確実にダメージが及ぶ強い制裁です。プーチンは、撤退企業の資産を没収するという脅し
をかけていますが、「私的資本の国家権力からの保護」は、資本主義の大前提です。ロシア
が外国資本の資産を没収すれば、もはや投資先としても取引先としても相手にされなくな
るでしょう。
 問題は、「いつ制裁を解除するか」です。核開発への制裁なら、核を放棄すれば解除され
る。戦争への「懲罰」としての制裁は、戦争を起こしたロシア自身が敗北を認めなければ解
除しようがありません。ましてロシアが軍事的に勝利すれば、政権打倒という違法状態が続
くのですから、制裁解除の条件がありません。
だから、西欧やG7諸国の制裁は、論理的には、長期にわたるロシアの経済的孤立をもた
らします。その中から、「一国の経済は国際的相互依存なしには成り立たない」という教訓
が生まれ、「戦争は得にならない」という単純な事実が再確認されるかもしれません。ある
いは、「経済的孤立」を政治目的達成の手段として、武力の代わりに用いる時代が来るかも
しれません。いずれも、戦争に関する大きなパラダイム・シフトです。
 ロシア経済を孤立させると言っても、世界のGDPに占める比率は1~2%です。主な影
響は、世界の輸出量の1割といわれるエネルギー資源に現れます。欧州のロシアへの依存度
は30~40%に上ります。EU(欧州連合)は、これを5年後にゼロとする決定をしまし
た。そこでは、3つの対応が求められます。新たな供給元、代替エネルギー、そして省資源
化です。日本にとっても、他人事ではありません。エネルギーや鉱物資源のほとんどすべて
を輸入に頼り、食糧自給率も3割台の日本が、今後どう生き残るかが問われています。
供給元について見れば、新たな相手はいません。混迷する中東情勢や競合する中国との囲
い込み競争もあります。まずは、中東の安定と中国を含む国際社会の協調が、安定供給の条
件になります。代替エネルギー、省資源のための技術開発は、今後の経済成長をリードする
かもしれませんが、需要を賄えるものではない。求められているのは、「飽食と電力による
快適な生活」をどこまで切り下げるか、だと思います。私のような年寄りにはさほど難しく
はありませんが、働く人や弱者にしわ寄せがいかないよう、どうやって生活を転換していく
のかが問われています。それは、コストダウンを求めて競争万能に陥った資本主義のパラダ
イム・シフトです。
さて、ウクライナ本体の情勢が動いていますので、台湾問題や米中対立への影響を考える
のは、もう少し先になりそうです。キエフが健在であることを祈りながら。 

2022/3/28 国際地政学研究所 理事長 柳澤 協二