12月7日 IGIJ会員の投稿 「シンポジウムを聴いて」

添谷先生と道下先生の考え方の違いが際立っており大変面白かったです
これからも今回のように考え方の違う方々を呼んで皆の前でバトルしていただけると嬉しいです。

議論の中で23気付いた点がありましたので感想文代わりにメールいたします。

お二方の国家像とも日米、日中、日本独自の視点からの議論になっていた気がいたします。しかしそもそも日本の国家像を作るには国際秩序をどのように捉えるかということがまず大前提になると思います。現在だけではなく将来どのような国際秩序になっていくのか?自由で開かれた国際秩序がこのまま続いていくのか?またそのような中で日本はどのような立ち位置を作っていくのか?そういった視点と考察が今ひとつ明瞭ではないように思われました。機会があれば具体的な国際秩序の将来像をお二方に聞いてみたいと思いました。
ちなみに私はちょっと古いのですがパラグ・カンナの『三つの帝国の時代~アメリカ、EU、中国のどこが世界を制覇するか』(講談社)の国際秩序観を参考にしております。

ミドルパワー論に関して軍事面においては米国頼みの印象が強く果たして軍事面で米国頼みの状態でこのような戦略が実行可能なのか疑問に思われました。軍事面に関しては更なる考察が必要と思います。またミドルパワーと言うネーミングも変えたほうがいいのでないでしょうか?アイランダー戦略とかリムランダー戦略などといったほうが誤解を招きにくいと思いました。

日本人の大国意識についてですが私の父親の世代(我々の世代でもそうですが)に多いのですがバブル以前には「戦争には負けたが経済ではアメリカと互角だ!」と思っていた人が非常に多いです。現在でも経済力(中身は別として)は世界3位ではあり立派なEconomic Superpowerであることは間違いないです。
従って日本人の大国意識はこの辺から来ていると思います。
こういった人たちは軍事面ではそうでもないのですが経済面で日本が中国に競り負けた(インドネシア高速鉄道など)という話には敏感に反応し「日本はダラシナイ!中国なんかに負けるなっっ!」と激昂いたします(私もその一人です)。まして中国がインチキな(したたかな?)やり方で落札したとの話があろうものならもう大変で「中国はケシカラン!!」などと手がつけられないほどの激昂ぶりです。

日本人は戦後、軍事は放棄いたしましたが別な形で戦争をしてきたように思います。いわゆる経済戦争=ビジネスという世界で。そして瞬間風速的ではありますが世界一になりました。
道下先生がご指摘された「国力が落ちてから大国外交を目指しているは不思議な気がする」というのは卓見と言えるでしょう。つまりそれだけ今の日本人(ビジネスマン?)が精神的に焦っているということの裏返しに思われました。経済大国としての覇権を失いたくないという焦燥感からくる一種の強がりです。

プラトンの国家論に「気概」という概念があります。プラトンによれば「気概」というのは「戦士」において支配的であるとされています。まさしくこの「気概」が戦後日本の経済復興の原動力だったのではないのでしょうか?そう、あのEconomic Animalと世界中から恐れられた「企業戦士」です。資本主義の世界ではビジネスの世界でこの「気概」を利用しコントロールできるとフランシスフクヤマも言っています。日本人は本来戦士として持つべき気概を戦争を放棄したことによって実業・ビジネスの世界で発散してきたということだと思います。

従って日本人の意識の中ではビジネスで負けるのは断じて許されません(笑)まして中国には。何故なら「中国人に技術を教え育成したのは俺たち日本人じゃないか!あいつら俺たちの技術パクリやがって俺たちの商売邪魔しやがるキタネー野郎だっっ!!!」(私の知り合いの技術者談)との思いが非常に強いから。そうまさしく「戦争」なのです(笑)こういった激情が現在、ナショナリズムと結合していると思います。

似たような事例がビジネスだけでなく外交やその他の世界でも多いのではないでしょうか?故にこの困った「気概」をどうコントロールしていくかと言うのが大きな課題であると思いました。「気概」があるのは活力がある証拠であり、そういった意味では大変結構なのですが、行き過ぎも困ったものだなあと自戒もこめて考えた次第です。

IGIJ会員 宇佐美一郎

 

注: 本投稿は、シンポジウム「ミドルパワー戦略」を聴講されてのものです。
慶應義塾大学・添谷芳秀教授: 基調講演 「ミドルパワー外交論再考―『吉田路線』と『安倍路線』の比較から―」