NPO国際地政学研究所「ジオポリティークと安全保障」講座

1 *構成:前段30分「安全保障のトピック解説」後段60分「ジオポリティーク」残30分「質疑」

2 教室:港区勤労福祉会館別館(本館裏)2階第2洋室
*JR田町駅下車三田口デッキ右手森永ビルに沿って右方向、左三差路角に「港勤労福祉会館」の看板が見えます(徒歩5分圏)。〒108-0014東京都港区芝5-18-2 Tel.03-3455-6381/都営地下鉄三田線三田駅A-7出て左徒歩30秒。

3 受講料:室料/資料代として「一般:各回1000円・会員/学生/院生:各回500円」頂戴致します。
*なお、10回のご聴講10%、20回のご聴講20%のフィードバックを考慮させて頂きます。

4 受講に際し事前にご連絡(電話:090-2308-7579又はメール:hayashi@igij.org)頂ければ有難いです。

各回ごと、その日に思い立ってのご参加も歓迎です!!!

東京都港区芝5-18-2

主任講師NPO国際地政学研究所理事 林 吉 永
講師プロフィール:防衛大卒/航空自衛隊入隊(1965)・米国空軍大卒(1984)・北部航空警戒管制団司令第7航空団司令/幹部候補生学校長を経て防衛研究所戦史部長(1999-006)、日本戦略研究フォーラム理事(2007-2011)、亜細亜大非常勤講師(安全保障2007-2012)、NPO国際地政学研究所設立(2011-現職)

著作:『新潮Foresight(安全保障の部屋)』(2011-執筆http://www.fsight.jp/)・共著論考/発表:『21世紀のエア・パワー』(芙蓉書房2005)/『新自衛隊論』(講談社現代新書2015)・”Peace & War―Planet Earth,2050―Ethics in the RMA”(CWRU主催Peace & War Summit発表2009)他。

2019年度地政学講座概要(シラバス)  

(凡例)

大項目 中項目 地域 時代 時代精神
学習の狙い・示唆

 

1回「ジオポリティーク序説」

ジオポリティークとは何か 「地政学―ジオポリティーク―」の

深化に向けて

世界 古代から今日
「地政学」という言葉には、「怪しげで悩ましい」響きがあります。それは、「生存競争と弱肉強食」を『種の起源』で謳ったダーウィンや、ローマ教皇の権威に代わる戦争の正当性を『戦争論』で示したクラウゼヴィッツ同様、「地政学」が「覇権獲得の論理」として流行し「戦争の世紀」を演出した時代精神であったからではないでしょうか。ここでは言葉を「ジオポリティーク」と改め、狭小な地政学概念が生んだしがらみの解放とイメージの共有を図ります。

序説においては、本稿が目指す「ジオポリティーク」の概念形成のために、地理学、あるいは地図からイメージを形成する「脳」作業を活性化します。その作業が、学際的な追究を試みる動機付け(エンカレッジ)になれば幸いです。

 

2回「古代史からのジオポリティーク―ペルシア戦争・ペロポネソス戦争―」

古代史からの

「ジオポリティーク」

ペルシア戦争

ペロポネソス戦争

地中海(エーゲ海) BC5 民族の移動

都市国家・帝國

残された最古の史書とされるヘロドトスのペルシア戦争史『ヒストリア』やトゥキディデスのペロポネソス戦争史『ヘレニカ』から地理と政治・外交・軍事の関係を読み取り「ジオポリティーク」の原点を見出すイメージを探します。同盟、連合といった国際関係、交易の封鎖によって脅威国の弱体化を導く抑止など、それらが後の地理学上の諸要素と覇権戦略との関係論として創生される「地政学」への示唆を学びたいと思います。

 

第3回「古代史からのジオポリティーク―アレキサンダー大王の東征―」

古代史からの

「ジオポリティーク」

アレキサンダー大王の東征 アテネ

中東・インド

BC4 覇権

植民地・帝国

『王道論』、『殖民論』を著わしたアレキサンダー大王の家庭教師アリストテレスは、大王の東征に際して、「ペルシア湾からユーフラテスの地理調査」を教示します。『プルターク英雄伝』などとかく戦術、戦闘面での英雄性が喧伝されますが、ジオポリティークなアプローチは、地理学と征服・支配・統治との関係を教唆し、加えてこのテーマでは、その時点で存在する「移動・通信」手段が作る「地球規模」の現象(グローバリゼーション)を学習します。

 

4「古代史からのジオポリティーク―ガリア遠征―」

古代史からの

「ジオポリティーク」

カエサルのガリア遠征 西欧(ライン川まで) BC1-2 覇権

植民地・帝国

『ガリア戦記』には、筆者であるカエサル自身がドイツのライン川までの地域を平定していく過程が記されています。通常、「戦記」は戦闘の記録ですが『ガリア戦記』では戦わずして勝つ計略のケースが多くあります。そのベースは、後に地政学の下地となる「地理学」論と共通する「地勢・民族・言語・宗教・天象・気象、そして文明」といった「地誌」であって、この学習目標「地理学+政治学=地政学(覇権論)」は、「アレキサンダー大王の東征」にも共通します。

 

5「古代史からのジオポリティーク―キリスト教―」

古代史からの「ジオポリティーク」 キリスト教誕生・公認

そして十字軍遠征へ

中東

ローマ帝国

世紀近代 宗教

超国家

今日、地球上隈なくキリスト教教会が存在し、キリスト教信者は22.5億人を数えます。キリスト教は、中世において「王権神授」において国王をも支配し、近代に至るまで、戦争の正当性はローマ教皇が与えていました。ローマ帝国は、ミラノの勅令でキリスト教を受容・公認しますが、それは過酷な迫害・殉教を乗り越えたローマ帝国への布教の勝利と言えます。

中東の片隅に萌芽したキリスト教が「ジオポリティーク」という文脈において絶大な影響力を持つに到るプロセスを確認する作業は、イスラム教との対立が原因の戦争など、歴史認識にとって必須です。しかもその教義が国家の秩序に優先するならば、超国家(Hyper-State)を成していきます、それはISILが実験した「非国家主体」で明らかであり、一つの国家にまとまりにくい部族を何とか一つに束ねる共有意識を持たせてきたイスラムについても同様です。

 

6「古代史からのジオポリティーク―イスラム教―」

古代史からの「ジオポリティーク」 イスラム教誕生ムハンマド 地中海沿岸

西アジア

610

近代

宗教

超国家

イスラム教は、国家を形成し、国家体制の柱として国政、国軍、国民を教義とシャーリア(戒律)で律している例が多くあります。しかも、キリスト教に次ぐ13億人を超える世界第2の信徒数を擁し、キリスト教と相並んで「グローバリゼーション」と「ボーダレス」という「超国家」性が特徴です。また、宗教自体が国家を形成する力を備え、他方で、イスラム教対キリスト教という構図でレコンキスタや十字軍などを経、今日でも相互に対峙して「聖戦」を繰り返しています。本文脈から、宗教がジオポリティークを読み解く大きなファクターであることを学習します。

 

第7回「宗教戦争―レコンキスタ/十字軍/宗教革命/30年戦争―」

宗教戦争 レコンキスタ/十字軍/宗教革命/30年戦争 地中海沿岸 7世紀-1648 超国家
イスラムの「聖戦」がピレネー山脈を越え、フランスのトゥール・ポワチェに達し、このイスラム勢力を押し返すキリスト教の戦争が「レコンキスタ(再征服)」です。

イスラム勢力にキリスト教の聖地エルサレムが支配された時代、ローマ教皇の勅令で奪還の十字軍遠征が始まりました。「聖戦」の名を借りて「略奪・暴行・殺戮・占領」に任せた十字軍遠征は、近代国民国家の戦争以前の戦争の典型であり、カトリック史上の汚点となりました。

20003月、ヨハネ・パウロⅡ世がギリシャ正教大司教を訪問、謝罪しました。しかし翌年の9.11テロで米国ブッシュJr.大統領が「十字軍宣言」を行います。201511月、パリ市とルイ王家司教座聖堂(十字軍指揮官ルイ9世墓所)が所在するサン・ドニ・でISILのテロが発生しました。

カトリックの腐敗を正す宗教革命は、国家権力と結びつき、庶民を巻き込む戦争にエスカレートし30年続きます。戦争の決着はウエストファリア条約でした。国境の線引き、カトリックの「王権・戦争の正義神授」からの撤退が宣誓され、国民国家誕生へと向かうジオポリティークを確認します。

 

8回「日本の古代ジオポリティーク―白村江の戦―」

日本の古代ジオポリティーク 白村江の戦い敗戦と国防体制 日本

朝鮮・中国

6-8世紀 古代

国民国家

日本史に「ジオポリティーク」の感性が窺えるのは「白村江戦後」の、諸防衛施策―戸籍(徴兵指名)、北九州司令部(大宰府)設置、戦略的防衛線構築(離島警備・防人配備・水城/狼煙台/城砦)・都府の移転(大津遷都)―は、「白村江の戦」において新羅と連合した唐軍が戦後も朝鮮半島に駐留し「日本の脅威」となったからです。それらは『日本書紀』・『舊唐書』・『三国史記』に記されており、そこに、大国の脅威に対する専守防衛体制を学ぶことができます。

 

9回「地球規模のジオポリティーク―大航海時代―」

地球規模のジオポリティーク 大航海時代 大西洋・太平洋 15-16世紀 略奪・支配

布教

新大陸への航海が可能になると「覇権」を争う場が外洋に拡大され、王国は、競って未開の地、民族を侵略・略奪していきます。当然、航路や航海術が進歩し、外地における補給や休養のための根拠地を確保していきます。その運営のため、天象気象観測、調達補給、会計業務、土木建築の技術が専門化していきました。競合する国や組織間の争いのエスカレートによって海洋における武力衝突が「海賊」から「海軍」へと進化する兆しを示すのもこの時代です。

 

10回「覇権―RMA ”Revolution in Military Affairs”―」

覇権 RMA ヨーロッパ 17世紀 軍事の変革
王国の軍事力は、「金や処遇次第」で動く職業軍人、即ち「傭兵」によって充たされ、「騎士道」は売り込みのために外見を飾ることから始まりました。傭兵が彼らの都合に任せて闘っていた軍の環境は、オランダ総督マウリッツの軍事管理に学んだグスタフⅡ世が傭兵を厳しく律して「命懸け」を強いていきます。統制がとれた大軍団同士の戦闘は、王位継承権の争奪からヨーロッパ全体を戦場とする「覇権」争いの様相を呈し、戦術以外にも、武器の大量供給、移動と通信技術の発達が生産の工業化を促しました。(RMA「社会変革の現象と軍事変革の現象(戦争)の相互作用」)

 

11回「国民国家の戦争―ナポレオン戦争―」

国民国家の戦争 ナポレオン戦争 ヨーロッパ 18-19世紀 国民国家
フランス革命以降、次々に国民国家が誕生し、ナポレオンはフランスを率いて他国を脅かすヨーロッパ随一の大帝国(覇者)を築きます。主権・国益・領域防衛のため、英国を筆頭に普・露・襖・瑞・蘭など諸国は、対仏同盟を結成、ワーテルローの戦いでナポレオンを破るまで7次にわたって対仏同盟を重ねました。ナポレオン(戦争)は、徴兵を利して抜きん出て強力な近代国軍のモデルを造り上げました。その遺産がクラウゼヴィッツの『戦争論』です。

 

12回「国民国家の戦争―覇権―」

国民国家の戦争 戦争理論『戦争論』 白人種の戦争 18-19世紀 伝統的戦争
プロシアの軍人としてナポレオン戦争に参戦したクラウゼヴィッツは、ナポレオンに敗戦し、一時期捕虜になります。ナポレオン戦争を通して、また、対ナポレオン(対仏大同盟)での体験、師であり、上司であったシャルンホルスト、グナイゼナウ将軍からは、陸軍改革「陸軍参謀本部建設」に参画させられ、ナポレオンのモスクワ遠征では、ロシアの幕僚として派遣されました。

ナポレオン流の戦争、ナポレオンに勝利する体験をノートした戦争法は、死後、『戦争論』にまとめられます。そこでは、「戦争は政治の継続である」と、国民国家が行う戦争の正当性を謳い、ウエストファリア体制から次の戦争の時代を導きました。『戦争論』は、戦争の本質と軍事力の役割を「戦闘」から導き、戦争の世紀の序章、地政学のベースとなります。

 

13「地理学から地政学へ」

地理学から地政学へ 適者生存・弱肉強食 ヨーロッパから世界へ 19-20世紀 生存圏

自給自足

地政学萌芽
ダーウィンの「弱肉強食・自然淘汰」あるいはラッツェルの「環境決定論」は、人間社会に適用され、「適者生存」、「生存圏」、「自給自足」という時代精神となります。それは、人類の営みにおいて強者が弱者を制する「戦争」の発生が当然の現象であるとすることと重ねられます。ここに「地政学」が始まりました。覇権をめぐる戦争に拍車をかけ、戦争を地球規模に拡大し、時代精神そのものが「戦争」という文脈でくくられる長い時代の始まりです。

 

14回「H・マッキンダーの示唆―その役割―」

H・マッキンダーの示唆 「戦争の世紀」に導く

覇権論の創始

大陸と海洋 20世紀 ハートランド

クレッセント

政治家であり地理学者であったマッキンダーは、英国に対して、大陸国家(ハートランド)の企図を予見し、その脅威を、「東欧を制する者はハートランドを支配する。ハートランドを制する者は世界島(ワールド・アイランド)を支配する。世界島を制する者は全世界を支配する」と、「ロシアやプロシアのユーラシア大陸外縁への台頭」を警告しますが、英国はこれに無関心でした。その結果、英国植民地における戦争の疲弊が英国の国力衰退、海洋支配力を斜陽に向かわせ、ハートランドに最大の警戒を行った米国A・T・マハンの目論見のとおり、海洋覇権がアメリカに禅譲されます。

 

15回「米国の戦略―西進―」

米国の戦略 西進戦略―海軍国- リムランド 20世紀 新たな国民国家
移民と開拓と原住民征服によって建国した新興国民国家アメリカは、フロンティアが西海岸に到達後、さらに太平洋支配、ユーラシア・クレッセントのコントロールを目指します。地政学者マハン、コーベット、スパイクマン等が「西進戦略」を提唱し、ハワイを併合、米西戦争勝利によりメキシコ湾・キューバ・フィリピンを根拠地として、日米戦争後は、日本をコントロールすることに成功します。東西対立時代には、さらにアメリカ流の戦争である制限戦争(朝鮮戦争・ベトナム戦争・イラク戦争・アフガン侵攻など)を推し進めました。此処では、その原点となった米国の西進戦略(第2期フロンティア)に導いたマハンを採り上げ、今日との連関を探ります。

 

16回「戦争の世紀を演出した地政学―K・ハウスホーファー―」

戦争の世紀を演出した地政学 総力戦の世紀覇権論 地球規模 20世紀 戦争の世紀
1次大戦の後遺症からの回復を試みたヒトラーは、ミュンヘン一揆に失敗、獄中、「わが闘争」に2次大戦の地政戦略を著しました。ヘスが師事していたミュンヘン大学教授ハウスホーファーとヒトラーの邂逅は、ドイツの第2次大戦へ向かう伏線となりました。ハウスホーファーのパン・リージョン論から、マッキンダーが指摘した「覇権」と「地政学」的危機の現実を学びます。

 

17回「戦争の世紀―A・ヒトラー―」

戦争の世紀を演出した地政学 地球規模の総力戦

ヒトラーの戦争

地球規模 20世紀 戦争の世紀
マッキンダーは、『民主主義の理想と現実』(1919)において、「アウター・クレッセント」が大陸国家と海洋国家のせめぎ合い、あるいは均衡の要衝となると指摘、N・スパイクマンは、アウター・クレッセントをリムランドと称し、「リムランドを制するものは、ユーラシアを制し、ユーラシアを制するものは世界の運命を制する。そして、アフリカとオーストラリアは沖合大陸として地中海とアジア地中海(東シナ海)を制するものの影響を受ける」としています。

ヒトラーがどれほど地政学(覇権論)を「戦争の世紀を演出したキー・パーソンたち」に学んだか分かりませんが、ヒトラーの世界制覇の構図の下地には、まず「ハートランドの覇者」という構想が描かれていたのではないでしょうか。

ここではヒトラーの言動を通して「狂気」なのか「正気」なのかを考えます。ハウスホーファーが「ヒトラーの天才的悪魔」と称された如く、狂気であればこの小さなフレーズにも大きな意味が生まれます。それは、今日においても「戦争が政治の継続」として正気の沙汰ではない蓋然性を生じさせているからです。

  

18回「日本の地政学―戦略的未熟さ故の失敗―」

日本の地政学 大東亜戦争の場合 アジア・太平洋 20世紀 アジア主義
日本の「地政学」は、ハウスホーファー在日時(1908-1910)に多くの論考が和訳・紹介され、アジア主義や、枢軸同盟、対米戦争に影響を与えました。それらは、地理学と政治・外交・軍事の関係を論じたものでしたが、実体は、アジア・太平洋戦争時における日本の戦争の正当化、国威発揚に利用され、閣議で決定された「大東亜戦争」の名称も、ハウスホーファーが説いた「パンリジョン論(汎亜細亜主義、あるいは大アジア主義など)」に由来します。

 

19回「伝統的地政学からの転換萌芽―」

伝統的地政学からの転換(萌芽) 間接戦略論 欧州全域 20世紀 戦争の世紀
1次大戦に従軍したリデルハートは、過酷で悲惨な塹壕戦に衝撃を受け、犠牲を局限できる戦争法を提案しています。ベトナム戦争時には「人道戦争 “Humanitarian Warfare”」が言われました。しかし、悲惨な犠牲と忍耐が必然の第1次・第2次大戦時代、この考え方は受け入れられませんでした。リデルハートの「間接戦略論」は、「新たな地政学」を予期させるグローバリゼーションやボーダレスの世界観が普通の時代にこそ適用できると考えます。

 

20回「伝統的地政学からの転換―日本―」

伝統的地政学からの転換(日本) 日本の戦後70 東西世界

アジア太平洋

20世紀 冷戦

戦後レジーム

冷戦における日米同盟の効果について、定量的に例示が容易な「エア・パワー」のオペレーションズ・リサーチ(作戦戦闘シミュレーション)結果について紹介します。ソ連の軍用機は沿海州に2400機、日米の戦闘機は北海道(千歳)・東北(三沢)に175機、航空作戦の勝敗は!

そして、ジオポリティークは、極東・北西太平洋・中ソ国境・ヨーロッパNATO正面におけるパワー・ポリテイックスの対峙はソ連邦の地政学に終止符を打つことになります。

 

21回「米国の戦略―WWII後―」

米国の戦略 アメリカのリムランド戦略 ユーラシア・クレッセント 20世紀 冷戦
マハン、コーベット、スパイクマンの主張は、米国が英国から海洋制海権の禅譲を受け今日に到るまでのパワー・ポリティックス行使の戦略思想の底流となっています。それは第2次世界大戦最大の勝者であるアメリカ(国民)が、大戦後、孤立主義を捨ててNATOに加盟、集団的自衛権行使を容認し、他国のためにアメリカ軍人の血を流す決断(世界の警察官)を行ってからユーラシア・クレッセントへのコミットメントが一層顕著になったことに見ることができます。

 

22回「伝統的地政学の転換―大戦の凍結―」

伝統的地政学の転換 「大戦の凍結」という

核時代のRMA―抑止理論MAD

東西世界・地球規模 20世紀 冷戦
広島・長崎に原子爆弾が投下されて70余年、人間の英知は、殺戮と放射能汚染によって人類滅亡が予期される核兵器の使用を封印してきました。核保有国の自制が抑止力となったのですが、核兵器が存在する限り脅威と恐怖は無くなりません。冷戦、あるいは東西世界の均衡と安定は、核抑止戦略という「薄氷上の相乗り」による「不安定な安定状態」でした。ここにはジオポリティークが存在しませんが、世界各地の制限戦争が脅威の増大を示しています。

 

23回「伝統的地政学の終焉―大国のジオポリティーク(米国・中国・ロシア)―」

伝統的地政学の終焉 米国の政戦略転換・

対中ピボット戦略

グローバリゼーション

ボーダレスへ

21世紀 新たな脅威
2次大戦後の東西世界、南北対立は制限戦争と植民地からの独立紛争という混乱の増長、国家の乱立を招聘しました。その派生的な衝突が宗教、文明の衝突です。加えて、地域の内紛や分断に大国の影響力が及び、応援された側の勢力拡大が図られました。冷戦終焉、東西世界崩壊はさらに「武力衝突の混乱」を拡散して国家および秩序の再編を促します。そして、この間隙をぬって国力を強大化させた中国の脅威を対象としたのがアメリカのピボット戦略です。

中国は“Chinese Dream(中国の夢)を掲げ、「一帯一路」はその柱となっています。

ロシアは「ユーラシア主義」を掲げました。

国際社会はこの3大国のジオポリティークにEUを加えて大規模な社会現象を起こしていくことでしょう。

 

24回「伝統的地政学の終焉―新たな国際システム―」

伝統的戦争の終焉 秩序の再編(新たな国際システム) ボーダレス 21世紀 ポスト冷戦
冷戦終焉・東西世界崩壊がもたらした最大のジオポリティークは、EUの成立でした。日本の防衛に「四周環海は自然の防壁」という時代が在りましたが、その時代、大陸に存在する国家は四周を敵の脅威に包囲されていました。ところが、EUは、従来の四周に国境を接する敵性国家が全て友好国になるという「至高の集団防衛・安全保障体制」の構築に成功しました。

安全保障はもとより、政治・外交・経済・技術などにも「呉越同舟」を行く新たなジオポリティークが地球規模で起きています。

 

25回「日本の国のかたち」(国際地政学研究所栁澤協二理事長特別講義)